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卓球はなぜ人気のあるスポーツになってきたのか?

   

卓球が視聴者を惹きつける時代になった

私は卓球ウォッチャーなので、近年の国内での卓球の盛り上がりは端的に嬉しい。

卓球が、「見て楽しい」スポーツになるまでには関係者の長年に渡る努力があった。この記事では、それらの努力について書いていきたい。

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ラリーを続かせろ!卓球が取り入れたルール変更

私は中高生の頃、部活で卓球をしていたが、当時の卓球はラリーがなかなか続かなかった。卓球が「見て楽しい」スポーツになるには、白熱したラリーが続くことが必要である。サーブや、サービスレシーブだけでラリーが終わってしまうとダイナミックさが伝わらない。

国際卓球連盟(ITTF)は、ラリーが続いて、観客にとっても卓球が面白いスポーツになるようにルールを改正してきた。

ボールの大きさの変更(40mmボール)

2000年にピンポン球の大きさが、38ミリから40ミリに変更になった。ボールが大きい方が、ボールのスピードや不規則な変化は少なくなる。

40ミリボールの採用は卓球を以前よりラリー志向にした。

1セット11点制への変更

2001年にこれまで、1セット21点制だったゲームが、1セット11点制に変更になった。これにともなって、サービスも5本交代から、2本交代になった。

1セットの点数を少なくし、セット数を増やすことで、勝負どころがより多く発生するようになった。例えるなら、それまで東南でプレイしていた麻雀を、東風でまわすようにしたようなものである。

サービスを腕や体で隠す行為の禁止

2002年にサービスの出どころを体や腕を使って隠す行為が禁止された。それまでは、相手にサービスの回転を悟らせないようにサービスの出どころはしっかり隠してプレイするのが常だったが、これだとサービスだけでラリーが終了することが多かった。

ハイドサービスを禁止することにより、サービスレシーブがより簡単になり、ラリーが続くようになった。

↓1999年の試合。サービス時の左腕の位置が現代卓球と違う点に注目。

これらのルール変更で卓球はラリーが続くものになっていった。

卓球動画へのアクセシビリティの変化

私が高校生だった頃は、世界のトッププロの卓球の試合を見たくても、見ることが難しかった。1万円以上出して、卓球の試合のビデオを買うか、4年に1度のオリンピック、1年に1度の日本選手権をテレビで見るくらいが関の山であった。

ITTF(世界卓球連盟)の動画配信、ユーチューブチャンネル

ITTFは、海外各地で行われる試合をウェブサイトからライブ配信している。これによって、卓球をライブで見たいファンの要望を叶えた。

さらにユーチューブに試合の動画をアップしているので、卓球の試合を見たいという欲求をファンは以前より満たせるようになった。テレビで卓球に興味をもち、より深く知りたいという人にはITTFのユーチューブチャンネルは最適である。

テレビ東京が世界卓球を積極的に放映するようになった

1年に1度行われる世界卓球(世界選手権)。これをテレビ東京が積極的に放映するようになり、日本人プレイヤーのお茶の間への露出度は飛躍的に上がった。

テレビ東京のウェブサイトを見ると、2006年の世界卓球からテレビ放映しているようだ。

日本国内の変化

日本卓球協会が選手の育成に力を入れた

1980年代、1990年代と日本の卓球選手は世界の上位に食い込むことが難しい状況が続いていた(松下浩二選手を除く)。

そういった状況を打開するために、日本卓球協会は小学生などの若い年齢の子供から、ナショナルチームを選抜して育成をするようになった。

日本卓球協会のウェブサイトを見ると、ナショナルチームの他に、ジュニアナショナルチーム、ホープスナショナルチームを選抜していることがわかる。

その第一世代が、現在日本のトップ選手である水谷隼らである。水谷は中学時代からドイツへ卓球留学をして実力を磨くことができた。

プロ選手への道が開けた

かつて卓球がうまい選手は大学卒業後、就職し、実業団でプレイするのが一般的な進路だった。

しかし、松下浩二選手が1993年にプロに転向し、ヨーロッパのプロリーグで活躍し、卓球だけで生計をたてるという道筋を後の世代に示した。

これによって、卓球選手の卓球へのモチベーションも変化したはずだ。松下浩二は無理やり野球に例えると、野茂投手のような存在だ。空気を読まずに自分のやりたいことをやって結果を出した。

現在、10人位上の選手が海外のプロリーグで試合に出ている。卓球王国ウェブサイト上の欧州リポートのコーナーが、海外プロリーグでの日本人選手の活躍について詳しい。

↓日本現代卓球界のパイオニア、松下浩二の試合動画。忍者のような動きに注目。

オリンピック個人戦に参加できる人数の変化

リオオリンピックで日本人として初めて、水谷隼選手がシングルスでメダルを獲った。

オリンピックのメダルについても、中国以外の選手のモチベーションを上げるために制度変更があった。

ロンドンオリンピック(2012年)から、卓球の個人戦に各国から出場できる選手数は2名までとなった。これは、中国選手以外もメダルを獲得できるようにするための配慮だと思われる。

世界卓球の個人戦では、そのような厳しい人数制限はないが、その代わり上位を中国選手が独占している。

下図は、世界卓球個人戦の近年の結果である。左から、1位、2位、3位(世界卓球には3位決定戦はない)。

世界選手権結果(男子)

世界選手権結果(女子)

なので、私はオリンピックの個人戦より、世界卓球の個人戦で3位までに入る事のほうが価値があると考えている。

まとめ

卓球が盛り上がるようになったのは、国内的には才能のある選手が努力して強くなったことが第一の要因だが、卓球連盟などが卓球がより盛り上がるように努力を重ねたことも大きい。

今後も卓球がより人気のあるスポーツになっていくように応援したい。

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