かつてライターが特権的存在だった時代があった

夜、なかなか寝つけずに天井を眺めているとさまざまな考えが浮かんでくる。その中には、「この考えを世に問うたらおもしろいに違いない」と思えるものもある。場合によっては、その思いつきをメモにしておく。後日、こういったブログに書くためだ。

自分の考えを明らかにし発表したい、そして他者の反応を知りたいという欲求は広く存在する。そんなものは周りの人間に話せばいいではないかと思われるかもしれないが、考えの種類によっては知り合いに話す内容ではないこともあるし、周囲の人間に話すだけでは反響もたかが知れている。

このような、公衆に自分の考えを訴えたいという欲は今だけでなく過去にも存在したが、かつては自分の考えを簡単に世に問う手段がなかった。

ほんの20年前でさえ、そう簡単に自分の考えを世の中全般に向けて発表することはできなかった。しかし、発表したいという欲求はあった。それが当時のライターという職業へのあこがれを焚き付けたのではないかと思う

今ではライターという職業に人気があるとは思えないが、1990年代においては、ライター業は今よりずっと人気だった。特に本や音楽が好きな若者には憧れのまとだった。ライターだけでなく、小説家や評論家も含めて、広く閲覧される媒体に自分の文章を発表できる人たちは特権的に見えた。

たとえば、現代哲学っぽいことを即妙に書いていた永江朗を私はかっこいいと思っていた。椎名林檎がデビューして騒がれていた時に、椎名林檎論を書いて発表した松本亀吉を羨ましいと思った。村上春樹が嫌いだとはっきり書いていた書評家の豊崎由美をかっこいいと思った。アル中で優しい文章を書いていた永沢光雄のファンだった。デビューしたての頃の坪内祐三もかっこいいと思った(最近は、hanadaに書いているくせに共産党に投票して嫌な野郎だと思っている)し、宮崎哲弥もデビューしたての頃の本(当時のビジネス本コーナーを席巻していた船井幸雄を批判していた)はかっこよく見えた。当時も今も尊敬していないのは、宮台真司くらいか・・。

今ではライターという職業はまったく羨ましいとは思えない。誰でも自分の考えをネット上で発表できるからだ。むしろ職業ライターは、雑誌なりなんなりの要請に沿って文章を書かねばならないので不自由に思える。(米国株投資で資産を築いたと思われる鈴木傾城氏の無法ぶりを見よ。職業ライターがあんな風に書けるだろうか?)

外資企業で働いているバリバリ(?)のビジネスマンが書いているブログ「グローバル経営の極北」に大学時代の就活の思い出が書かれているが、これは当時の音楽や小説好きな若者の好例だと思う(ロッキング・オン社で最終面接まで行ったのだからかなり優秀だ)。しかし、今の文系大学生がこの記事を読んでも、なぜこの人がそんなにロッキング・オン社に入りたかったのか理解できないに違いない。

ぼくの就活について ’00年ロッキング・オン社新卒採用応募書類

当時の花形ライターの地位に近いのは、現代では有名ブロガーではないかと思うが、実際に自分もブログを書いてみれば、人気ブロガーになるのは無理だと現実を知ることができるし、現代のブロガーや物書きがどのようにマネタイズしているかを見ると、この職業のきらびやかさよりも大変さが目につく(有料メルマガ、有料サロン・・)。

この記事は特に何か結論めいたことがあるわけではないが、

  • 昔も今も、人には世の中に自分の考えを発表したいという欲求がある
  • しかしネット普及以前は自分の考えを世の中に発表するのは大変だった
  • ごく少数の人間(ライターなど)だけが自分の考えを発表できていた当時は、ライターなどの職業が今よりずっと人気だった
  • 今では誰でも自分の考えを世に問えるので職業物書きの人気は落ちた
  • 同時に自分の実力も実際に文章を書くことで思い知らされる時代になった

ということが言いたかった。

↓「本を最後まで読むのはアホである」とどういう趣旨で書いているのかわからない(忘れた)が、今ではなんだか悲しく見える惹句である。

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