高橋洋一の財政理論は間違いだらけ

国際政治学者としてはともかく、財政・経済を論じる高橋洋一の主張には間違いが多く有害である。

この記事では、高橋洋一の著作「99%の日本人がわかっていない国債の真実」(2017年)に書いてある間違いを指摘していきたい。

国の借金は企業の借金と同じか?

高橋洋一は、「政府が国債を発行するのは、企業が金を借りるのと基本的には同じだ。」「多くの企業が銀行からたくさん融資を受けて、活発に設備投資をしているわけである。」と書いている。

企業が銀行などから資金を借り入れるのは、まさに高橋氏が書いているように、借りたお金で設備投資等をして将来の利益を増やす見込みがあるからだ。

設備投資をすることで将来増える利益>借入金の金利

という見込みがある。しかし日本政府が行っている借金は将来の税収を増やすためのものではなく、少子高齢化で増加した社会保障費を払っているだけだ。

発展途上国が借金をしてインフラを整え将来の税収増を見込むような場合の借金は、企業が行う借入に似ているが、すでに先進国である日本はそのような状況ではない。

日銀が民間銀行から国債を買えばインフレになるか?

高橋氏は日銀が民間金融機関から国債を買うと、民間金融機関のお金が増え、かつそれが企業等に貸しに出され、市中に出回るお金が増えることからインフレになる、と言う。

しかし日銀が国債買い入れを始めてから大分経つがインフレにはならなかった。日銀が国債買い入れを行う量的緩和政策は2001年3月から行われ、マネタリーベース(現金の通貨と民間の金融機関が中央銀行に預けた金)は増加したがマネーストック(個人、法人(金融機関を除く)、地方公共団体が保有するお金)がはほとんど増えなかった。これはつまり日銀から民間金融機関に移動したお金は、貸出に回されず、民間金融機関の元に残ったままだったということだ。

野口悠紀雄「異次元緩和の終焉」より引用

量的緩和政策が始まってから年数が経っているのに未だに上述の主張を続けているのはおかしい。

野口悠紀雄「異次元緩和の終焉」から引用

日銀が得る国債の利子収入は国の収入か?

高橋氏は日銀は政府の子会社といえると書いている。確かにその通りだ。日本国の財政を見る場合は、政府と日銀を統合した貸借対照表、損益計算書で考えるべきだ。

高橋氏は、「国債の利子収入は丸々日銀の収入となり、最終的には国庫納付金として政府の税外収入となる」と書いている。しかし、政府・日銀統合ベースで考えた場合、国債の利子は政府が払っているのだから、日銀・政府間の利息の支払いと国庫納付金は相殺される。

高橋氏の書きぶりでは、政府に費用の発生しない特別な利益として国庫納付金が生じるかのように感じられるがそんなことはない。

また、日銀は国債購入のために利息支払いの発生する当座預金を増やしている。付利が0.1%なので、日銀が緩和をやめ、金利が上がった場合に、付利を引き上げれば通貨発行益がマイナスになる。

現在の国債発行額には何の問題もないか?

高橋氏は、「国債は借金だから全額返す義務があるが、きちんとバランスシートなどで国の財務状況をみれば、現在の発行額には何も問題がない」と書いている。これは本当だろうか?

政府債務の対GDP比は2016年度末で、232%である。中国経済が崩壊するのではないかという説が時折流れるが、中国の政府と企業の債務合計は、対GDP比で約180%である。欧州危機を引き起こしたギリシャは2016年度末で200%である。

参考記事:中国の格下げ~政府債務残高のGDP比は日本より少し低いくらい?

政府債務の対GDP比は日本は世界ワースト1位となっている。

参考記事:世界の債務残高対GDP比ランキング —— 日本はワースト何位?

ラインハート「国家は破綻する」によれば、19世紀以降、政府債務が対GDP比で60%以上となった64例のうち、38例で破綻(債務再編、高インフレ)した。

客観的に日本の債務残高の対GDP比を眺めると何も問題ないとはいえなさそうな状況である。

「今月の給料が30万円なのに60万円も借金があるようなもの」か?

高橋氏は日本の政府債務が対GDP比200%以上であることを受けて、「『今月のお給料が30万円なのに、60万円も借金があるようなもの、大変なことだ』などと考えるのは、これまた半径1メートルの見方でしかない」と書いている。

お給料はGDPではなく国の収入(税収)に例えるべきなので、高橋氏が用いている例は変である。

小黒一正氏が日本財政を家計に例えているが、それによれば、月収が30万円だとすると、借金の残高は7543万円になる。しかも、月収が30万円なのに毎月23万円足りなくて、その分借金をしている状態である

日本の財政を家計に例える

小黒一正「財政危機の深層」より引用

常識的に考えて、収入が30万円の家計に60万円の負債があったとしても誰も騒がないだろう。

民間金融機関は国債の利子に納得して国債を買っているのか?

さらに高橋氏は「国債は民間金融機関が国債の利子に納得して買っている」と書いている。「もし『国債が多く発行されすぎている』と民間金融機関が判断したら国債は買われなくなり、そうなれば国債の金利はどんどん上がる」とも書いている。

株式投資をしている人にとっては常識だろうが、民間金融機関が低金利でも国債を買っているのは、それより高値で日銀が買ってくれるからである。日銀は量的緩和政策の一環として、民間金融機関から国債を毎年60兆円程度買っている。民間金融機関は、高値で買った国債をさらに高値で日銀に転売できるから買っているのである。

また三菱東京UFJ銀行は、国債を一定額買わなければならない「国債入札の特別参加者」の資格を返上した。

参考記事:三菱UFJ銀行が資格を返上、国債に潜む「地雷」

UFJ銀行が資格を返上したのは、このまま日銀と政府につきあって国債を買うのはやばいと判断したからだろう。

金利が上昇していないから国債発行残高には何も問題ないのか?

高橋氏は、「金利は上昇していないという現状を見れば、現時点での国債発行残高には何も問題ないということが、すぐにわかるのだ」と書いている。

日本の金利が上昇していないのは、日銀が量的緩和政策で国債を高値で買い続けているからだ。市場のファンダメンタルを反映した金利になっているわけではない。

財務省は省益のために財政破綻を煽っているのか?

高橋氏は、財務省が自己の権益のために財政破綻や国債暴落を煽っていると言う。何のためかというと、財政再建したいからではなく

  1. 増税すると財務省の予算権限が増えて、各省に恩が売れて、天下り先確保につながるから
  2. 増税にともなう例外措置を決める時に天下り先確保ができるから

だそうだ。これは、高橋氏が実際に大蔵省(現・財務省)に身を置いたことがあるからわかるのだそうだ。

しかし予算を決めるのも、増税にともなう例外措置(例:新聞は消費税の対象外にするなど)を決めるのも財務省ではなく政府ではないだろうか?高橋氏の文章を読んでいると、財務省が密室で好きなように決めることができるように感じられるが、予算も例外措置も国会で審議して決めるはずだ。

また、高橋氏は、銀行や証券会社が国債以外の金融商品を売るために財政破綻を煽っているとも書いている。国債の売買を仲介するより、銀行や証券会社が組成した金融商品を売った方が儲かるから、銀行や証券会社は財政破綻を煽っているのだそうだ。これは単純に妄想ではないだろうか。

日本の財政破綻については、IMFなども消費税を引き上げる(最終的に少なくとも消費税率15%)などしてプライマリーバランスを改善するように提言している。危機が無いのに特定の団体(財務省、銀行、証券会社)が危機を煽っているというのは高橋氏の目が曇っているのではないか?

参考記事:2017年対日4条協議終了にあたっての声明

「国債は暴落しても問題ない」のか?

高橋氏は国債が暴落しても、問題無いと言う。なぜなら「インフレ率が上がり金利が上がることで、国債価格が下がる。元をただせば、この現象は、それだけ経済成長率が高くなっているということ」だからだそうである。

しかし、経済成長率が伸びないままインフレが進み金利が上がることもある。国債が売られ金利が上がることは、経済成長を必ずしも意味しない。

高橋氏によれば、金利が5%に上がると、国債の価格下落率は償還年限が5年なら20%、10年なら40%、20年なら60%なのだそうだ。国債がこのように大幅に下落すれば、国債を大量にかかえている主体(日銀や地銀)は評価損を計上することになるが問題ないのだろうか?

「国債を持っていなければ、たとえ財政破綻しても大丈夫」なのか?

高橋氏は、「国債は国の借金であり、その借金がどうなるかは、貸し手と借りての間の問題でしかない。つまり、国債をもっていなければ、たとえ財政破綻して国債が暴落しても、それほど困らないということだ」と書いている。本当だろうか?

国の借金は国が返す。国の収入は、税金である。なので国家が財政破綻すれば、国民が増税などで国の借金を返すことになる。また財政破綻した場合、国の支出(社会保障支出、公共事業など)がカットされ、国民が不便さを甘受することになる。あるいはインフレが起こり、国の実質債務は減少し、その分、国民の実質資産も減少する。

現に大東亜戦争敗戦後、日本は高インフレに見舞われ、預金封鎖によって無理やり税金を支払わされた。この時の財産税は最大90%の税率だった。

なので高橋氏の主張は間違いだらけである。たとえ国債を持っていなくても国民は何らかのかたちでツケを払うことになるのだ。

統合政府のバランスシートを見れば日本に財政難はないとわかるのか?

高橋氏によれば、政府と日銀を統合した貸借対照表を見れば、財政危機など無いとわかるそうだ。では、高橋氏が著作で紹介している貸借対照表はどのようなものか?

日本政府のバランスシート

高橋氏の著作には上図のような貸借対照表が掲載されている。日銀を除く政府のみの貸借対照表だと、資産が900兆円、負債が1350兆円で450兆円負債が多い。

では日銀のBSを統合するとどうなるかというと、資産に国債が400兆円、負債に銀行券等が400兆円追加される。普通ならこれで終わりである。統合してもやはり負債が資産より多い。企業でいうなら純資産がマイナスで債務超過状態である。

しかしなぜか高橋氏は「ついでに、政府の『見えない資産』ともいえる徴税権(税収)も加えた」そうで、日本の徴税権を750兆円として資産に計上し、債務超過ではないように細工している。

これはかなりのインチキである。

まず将来の収入見込みを資産として貸借対照表に計上するのは一般的ではない。こんな技法は聞いたことが無い。

また、日本の財政は赤字であり、これがしばらく続く見込みなので、将来キャッシュフローの総和を現在価値に割り引いて計上するなら資産ではなく負債に計上されるはずである。

さらに徴税権をなぜ750兆円としたのか計算根拠が一切書いていない。

これは企業の貸借対照表に例えるなら、現在も赤字でこれからも赤字が続きそうな企業が、いきなり将来は黒字になると宣言し、その黒字の権利(?)を勝手に試算して資産として計上して債務超過でないと言い張るようなものである。

参考までに小黒一正氏の著作(財政危機の深層)に2012年度の国のバランスシートが載っているので転載する。

国の貸借対照表2012

日銀の資産である国債の評価損は、政府の負債である国債の評価益になるのか?

日銀が国債の大量購入をやめれば、国債価格は下落する可能性が高い。国債が下落すれば、国債を保有している主体は評価損を計上することになる。

しかし、高橋氏によると、「日銀と政府は、子会社と親会社であるかのように一体である。そして資産と負債は背中合わせである。したがって、日銀の『資産』である国債の『評価損』は、政府の『負債』である国債の『評価益』となるため、政府と日銀のバランスシートを合算すれば問題ない」そうだ。

会計の世界で負債に評価益が計上されるというのは聞いたことが無い。確かに国債の時価が簿価を下回った時に、政府が日銀から直接国債を買い戻せば、政府の国債償還益と日銀の売却損はほぼ相殺されるが・・。

財政問題は政府資産を売ることで解決できるのか?

高橋氏は、仮に財政問題があるのなら政府の資産を売って財政の足しにすればいいと主張している。なぜ政府が資産を売り渋っているからというと、「日本政府の金融資産は、じつは天下り先への出資金、貸付金が非常に多」く、「政府の資産を売るとなれば、当然、官僚が天下り先として確保している特殊法人や政府子会社も処分することになる」からだそうだ。

財務省のウェブサイトによれば、平成21年度時点で政府資産は647兆円あり、その代表的な内訳は、

  • 年金積立金の運用寄託金(121兆円)
  • 国道(63兆円)
  • 堤防等(67兆円)
  • 外貨証券(82兆円)
  • 財政融資資金貸付金(139兆円)
  • 出資金(58兆円)

だそうだ。高橋氏の主張するように簡単に売ってしまっていいものなのか、財務省が主張するように「これらの資産の大半は、性質上、直ちに売却して赤字国債・建設国債の返済に充てられるものでなく、政府が保有する資産を売却すれば借金の返済は容易であるというのは誤り」なのか判断するのが難しいが、仮に売れるものがあったとしても、国の借金1078兆円(2017年6月)と比べると些細な金額だろう。

国債の利払いが増えても日銀からの国庫納付金が増えるから大丈夫なのか?

仮に金利が上昇して政府の利払が増えても大丈夫だと高橋氏は説く。なぜなら、国債の利払が増えれば、その分国債を保有している日銀の受取利息が増え、日銀から政府へ国庫納付金として戻ってくるからだそうだ。本当だろうか?

日銀は国債を購入するために、利息支払いのある当座預金を民間金融機関に増加させている。民間金融機関が日銀の当座預金に預けているお金(超過準備)には0.1%の利息がついているが、市中金利が上昇した場合、日銀は利息を0.1%から増加させなければ、民間金融機関はお金を取り崩して市中に放出するだろうから、インフレになる。野口悠紀雄氏によると、「仮に現在の超過準備がすべて取り崩されて日銀券になれば、マネーストック(M1)は約4割増加する。もし物価がマネーストックに比例して上昇すれば、物価は約4割上昇するだろう」。※後日考え直したが、付利が相対的に下がった場合、銀行の手元資金がどうなるかはよくわからない。安易に民間にばらまくとは思えないので急なインフレが来ることはないだろう。日銀が超過準備に支払う金利を上げれば、費用が増えて利益が減るので、日銀から政府への国庫納付金は無くなるだろう。

野口悠紀雄氏の試算によれば、仮に新規国債と借り換え債の利回りが2017年度以降に3%になった場合(国債の新規発行が毎年35.9兆円、借り換え債の発行が毎年106.1兆円と仮定)、国債の利払い費は下図のように推移すると推定されている。

利回り3%の場合の国債利払い費推移予想

2026年度において国債の利払い費が40兆円超になる。そして日銀からの国庫納付金は見込めない(付利を引き上げた場合)。なので高橋洋一氏の主張(金利が上がっても問題ない)は大間違いである。

金利と共に物価が上がると税収も増えるだろうが、公的年金の支払いも増える(インフレスライド)。後者の伸びの方が大きいであろうことから物価上昇率が高まると財政赤字も拡大する

コメント

  1. みんちゃん より:

    この本読みました(あまりにもバカらしくて途中でやめましたが)。
    財務省試算によると2022年あたりが日本国財政破綻との結論が既に出ていると聞いたことがあります。
    だいたい政府資産に年金積立金の運用寄託金(121兆円)が含まれてることがおかしいですよね?年金というのは日本国民の金融資産であり政府資産ではないはず。もちろん、いよいよの時は丸ごとネコババするつもりなんで予め資産計上されてるのかもわかりませんが。

  2. nextir35 より:

    >みんちゃんさん
    年金積立金については、年金に関する支払債務も負債に計上しているので資産に計上するのは普通だと思います。
    さすがにまるごとネコババはないと信じています。笑。

  3. さんぽ より:

    大意には納得しています。揚げ足をとる意図ではなく、借金が大きいということもその通りだと思います。
    「月収が30万円だとすると、借金の残高は7543万円になる。」の借金の残高の計算は引用元の書籍が1桁計算が違うような気がします。検算せずに直感的で申し訳ありませんが、借金の残高が754万ならば納得感があります。
    国の借金残高は収入(約50兆)の21倍程度ですので、家計に置き換えた場合の借金の残高も収入30万円の21倍程度になるかと。
    毎月の利払いが13万円はおかしくないと思います。

  4. nextir35 より:

    >さんぽさん
    コメントありがとうございます。年収にすると360万円なので7543÷360=20.9となります。

  5. ふくっち より:

     高橋洋一氏の発想には前々から疑念を抱いておりましたが、どこがどうおかしいのか一部定量的な表現も用いられていて大変分かりやすかったです。
     彼をはじめ、アベノミクスの取り巻き連中にはまともな経済理論を持っている人はいないように感じます。というか中高生の教科書から見ても異端ですものね。しかしネット上では「テレビでは財政破綻すると言っているが高橋先生によるとしない」というような考えも見ます。国が本当に危ない状況のときに国民が楽観的な異端論にすがるという、国家破綻の様子を目の前で見せられているようで怖いです。
     私は現在理学系の大学学部生ですが、短期的には院卒の頃に日本でちゃんと就活ができる状況にあるのか、中長期的にはアルゼンチンどころの騒ぎではない財政破綻が起きないか本気で懸念しています。そして同時に、同世代にそういった危機感があまりなく、あったとしても「海外に行けばいい」というようなもので、「日本の現状を把握して行動しよう」というものがなく非常に心配です。

  6. nextir35 より:

    >>ふくっちさん
    コメントありがとうございます。今後どうなるかの予想については、確実なところはわかりません。遅くとも2035年には今のような日銀による国債買い付けはできなくなっているでしょう。
    個人ベースで経済的な変動をかわすには、やはり海外就職がいいかと思います。
    最終的にはインフレと金利上昇が起こった後、社会保障支出がかっつり削られて、財政がまた健常化するのかなと思っています。社会保障頼みで暮らしている人はホームレスになるでしょう。