SB623治験(TBI)参加者かもしれない人の日記抄訳(追加あり)

Kちゃんまんさん(@kabukabuchanman)がブログで紹介していたサンバイオSB623の治験参加者の可能性がある人の日記を一部翻訳してみました。例によって誤訳があるかもしれませんのであしからず。

参考記事:米国でTBIの治験を受けた方のブログです

おそらく彼女は2017年の4~6月に幹細胞注入の手術を受けています(もしくはプラセボ)。

元々のブログはこちらです。

https://alyssaament2.wordpress.com/

サンバイオどうこうを抜きにしても、一人の人間が前向きに変わっていく様を読み取ることができて、いい文章だと思います。

2017年9月9日分抄訳

タイトル:怒ってもいい

最近フラストレーションを感じることが多々あった。ミシガンに一ヶ月半戻った。かつて始めたことを辞める必要がある。自分の経済状況、仕事の状況、居住状況について理解する必要がある。治療を続け、STEMTRAの治験を終わらせながら。(中略)。私は自分の体に怒りを感じている。作業療法中にフラストレーションを感じている。例えば、

作業療法士と私は左腕をコントロールしてうまく動かせるよう、トレーニングしている。手の動きがぎくしゃくしているかもしれないことを除いても、重力に逆らって手を動かすのは多大な労力を要する。

(中略)

毎日、少なくとも一日おきに、治験や作業療法で教えられたすべてのエクササイズを続けるつもりだ。ペンシルバニアにいる間は、エクササイズを一日も欠かさずやるつもりだ。そのために仕事を休んでいるのだから。10月2日は治験の三ヶ月検査だ。治験の検査期間は10ヶ月で終わってしまう。一番最後に検査に行く日に私は幹細胞を手術で注入されたのか、されていないのかを教えてもらう。もし私が今回の治験で幹細胞を注入されていないのなら、今回の治験終了後、さらなる研究のため私は幹細胞を与えられる機会を得られるかもしれない。

准看護師である母は幹細胞について調べていて、ステムセルが与えられた場合、よりよい効果が出るには比較的長い時間がかかると私に教えてくれた。十ヶ月の検査期間が終わりに近づくまで、私が自分が前よりできるようになっていることに気づけないかもしれないと母は言った。

(後略)

※略した部分には自分が思っているようには体が動かないことへの不満が多数書いてあります

2017年9月28日分抄訳

タイトル:自分を悪く思うことは目標達成の助けにならない

(前略)

事故のあと、私は幾段階もの自己憐憫を感じてきた。高校と大学でさまざまな心理学講座を受講し、私はTBI経験者やその他の病気で挫折を味わった人は五段階の悲哀(キュブラーロスが発見したものだ)を経験すると気づいた。これらの段階とは

  1. 否認と孤立
  2. 怒り
  3. 取引
  4. 抑うつ
  5. 受容

だ。

私が病院とリハビリセンターに居た時、私は自分の置かれた状況に怒りを感じていた。(中略)

毎日、私は自分が前の日の自分より進歩し続けられるように努力してきた。私は自分のキャリアを前進させたいし治療を続けたい。今日、作業療法でエクサイズを達成したとき、作業療法士は私が強くなってきていると言った。私はそれを聞いてとても興奮した。私はエクササイズが簡単に感じられるようになってきている。高難度のエクササイズはまだかなり難しいけれども。今日、手首と手のエクササイズをしていた時、私は私が治験においてプラセボ群だったのではないかと疑いだした。というのもこれらの特定のエクササイズはいまだに私には難しいので。私はこの、手と手首のエクササイズを五月から続けている。

突然、私は母が母の友人の看護師から治験が終わるまでは治験の結果を私が見ることはないと言われたと言っていたのを思い出した。また、一年前、私が過去数ヶ月行っている作業療法を当時はできなかったことも思い出した。最近の私は自分を強化し、より動けるようになることに専念している。現在の私ができるようになっていること一年前には全くできなかったのだ!

自分自身に対して忍耐強くあること、そして旅立ちの前にどのような状況にいたかを思い出すことが重要だ。ここまで来るのに9年かかったのだ。私は今私が立っている場所を誇りに思う。

2018年2月8日分抄訳

タイトル:待つか創るか

(前略)

夏に行った手術以来、私は治験で教わったエクサイズを続けている。また作業療法で教わったその他のエクササイズも続けている。もしも手術で私がステムセルを注入されているのなら、ステムセルは2009年のTBIで損傷していない新しい脳内回路を学習するために約1年働いたことになる。かつて主治医は私の脳内回路を塞がれた道路に例えた。私の脳は、再び私が左手と左足を使えるようになるために、「裏道」を学ぶ必要がある。手術以来、私の筋縮(spasticity)はかなり改善した。特に腕がよくなった。私の指は、かつて常に曲がっていて、曲がらないようにするのは不可能に近かったが、今ではもっと弛緩し柔軟になっている(much more loose and limber)。このことで私は何かを掴むことがかなり簡単になった。これらの改善は私がステムセルの注入を受けたと私に信じさせた。しかし、本当にそうなのかは検査が終わるまではわからない。サンバイオは治験の被験者を探すのに苦労していた。彼らは特定の基準に合った患者を探している。もしあなたがTBIの患者なら、よりよくなるため、より強くなるため、失われた体の働きを取り戻すため、サンバイオに連絡をとってほしいと思う。彼らはカリフォルニアサンフランシスコ大学のパートナーだ。よくなりたいと思ってじっとしていられないのなら、実際に動き出して見るだけで変化は起こるのだ。あなたがいつも想像するような生活のためにあなたは労力を注がなければならない!事故のあと、私は自分がすぐよくなるものと思っていた。数年間何も変化が起きず、ようやく私は自分が努力しなければいけないのだと悟った。治験の募集を発見して、私は生活の様相をはっきりと変えることができた。私は幸せだ。毎日私は私がしなければならないことが私をゴールに近づけるのだと認識し直している。三ヶ月後に、一年後に、五年後にどうありたいかを自分に尋ねるのだ。自分の理想の場所に到達するために毎日少しでも前に進もう。

(後略)

2018年2月9日分抄訳

タイトル:つらい出来事を成功への契機にしよう

(前略)※自分の生育歴や事故を通じて、自己憐憫に陥っていたことを振り返っている記述があります。

これらの理由で私は自己憐憫に陥り、私は左腕と左足の働きを取り戻すことに価値を見出していなかった。大学生活をスタートさせ、私は学業と物理的な幸福に集中するべきだと考えた。私は私を自己憐憫に陥らせるものから脱出できたと悟った。私は家族から距離を置く必要があった。

(中略)

大学卒業後、治験の募集を見つけ、エクササイズを毎日行った。私はかなり強くなって手術前にはできなかった動作をすることができるようになった。

私は酒と薬に溺れる道に行かずに済んだことを神に感謝したい。

(後略)

2018年3月18日分抄訳

快適ゾーンを超えていけ

私は長いこと考えてきた。私は新しいことに挑戦するところだ。このテーマについては本当に長い間考えてきた。人が成長できるのは、その人が快適だと思っていることを超えて行った時だけだと確信している。いつまでもぬるま湯の中にいて、どうして成長できよう?

私は快適ゾーンを超えたおかげで成功したたくさんの経験を持っているし、実際に成功してきた。私は今でも思い出す、私がまだリハビリ病院にいて、事故以来最初に歩いた日のことを。療法士は私の脚が動きを取り戻しつつあることを知っていて、もう歩けると考えていた。私は怖かったし試したくなかったけれど、ロンは私の脚に下肢装具をつけて車椅子から立たせ、私たちは歩き始めた。また歩けるようになるとは全く思っていなかった!

去年、私は脳手術の被験者となり、仕事では異動があった。私は脚や手が回復するチャンスがあるかもしれないと考えて手術を受けた。私はもっと経験を積みたくて部署を異動した。

(略)

変化を求めているのなら、同じことばかり続けてはいられないのだ。私はこれらの決断から収穫を得た。今働いている部署が好きだし、手術前よりも多くのことを私の手足はできるようになった!

2018年4月3日分抄訳

私たちは時間を無駄に使っている

最近、私は私が何かを成し遂げるにはもう遅いのではないかと感じていた。去年の夏に脳の手術を受けてから、リハビリでよい結果が出るのを見届けるまで10ヶ月の期間があった。私はこれまで数々の素晴らしい結果を見てきた。手術後の4ヶ月間に私は作業療法に行ったが、健康保険の関係でミシガンに戻ってきて、それ以来作業療法に行けていない。10ヶ月の経過観察期間のうち9ヶ月目の今、ついに私は作業療法に戻ることができる。健康保険の問題を片付け、今週火曜日に予約を入れることができた。ミシガンに戻って以来、作業療法に行けていなかったが、私は作業療法で習った運動を続けてきた。彼ら(作業療法士?)は治療に役立つ道具を持っていたので、あそこに居た時はもっとやる気が刺激された。

この世界で私たちは目の前にある幸せに苦しめられる。怪我以来、私はこの事実につらい思いをしてきた。私が怪我をした当初は、週に二回、三ヶ月間治療に通えば、元のように腕や足が動くようになると思っていた。治療期間中、私は強さを取り戻すことはあったけれど、元の強さを復元できたわけではなかった。

このことで、私は定期的に自分を信じられなくなった。しかし今では年月を経て、挑戦を続け、目標に目を向け、自分に与えられた手術という第二のチャンスに感謝するべきだとわかるようになった。私は治験のためにやるように言われたことは全てやってきた。いや、言われた以上のことをやってきた。この治験が始まった時、私は私の1000%の努力を捧げようと誓った。私は疲れてしまい、全ての日に完全な努力を行えてはいない。そのことがさらに私をいらつかせた。

私は7時に始まる仕事のために少なくとも週に二回は朝4時に起きる。そして私は自分がすべきエクササイズをやろうと努める。これは私に物理的に大きな負担だ(注:toolはtollの間違えではないかと思われる)。TBIになってから私は無気力になったので、毎日のエクササイズにはエネルギーを要した。私はほとんど全てのことを片手、片腕で行う。左腕が弱くなってしまったのと、右腕が利き手だからだ。

(後略)

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