日韓ワールドカップ共催で日本人は不愉快な目にあうと事前に予想されていた

日本人の嫌韓現象が始まった、一つのきっかけは日韓サッカーワールドカップ共催だった、と過去を振り返って書く人がいる。

私は当時、サッカーにも政治にも興味がなかったので、どんなことがリアルタイムであったのか何となくしか知らないが、渡部昇一氏がホスト役をしていたテレビ東京のトーク番組「渡部昇一の新世紀歓談」では、そういった不愉快な目に日本人があうだろうことは、開催の数年前から予想されていた。

ユーチューブにアップされている動画の説明には1996年6月とあり、ゲストは石原慎太郎氏だ。日本が単独で行うはずだったワールドカップが、いつの間にか日韓共催になってしまったことが、トークの始めに語られる。内容を聞くと、現在の虎ノ門ニュースのような自由さで、保守寄りの発言がなされている。

当時の地上波TV番組は必ずしも左傾していなかったのか、と驚いて検索してみると、この番組は地上波に咲いた徒花のように自由な、特別のものだったようだ。当時としても珍しかったらしい。

参考記事:過ぎし日の名番組「新世紀歓談」より。

ユーチューブにアップされていた動画から一部を文字起こししておく。


(前略)

渡部昇一 (サッカーワールドカップについて)まぁ結局両方(※日本と韓国)で共催と。ところがあのサッカーの連盟の方では、一国ごとに開くってなってたはずなんですね。それがいつのまにか共同になっちゃったんですが、あんなのは石原さん、スポーツにもお詳しいんですけどどうなんですか?

石原慎太郎 僕自身もサッカーの選手だったからね(笑)。(略)ただワールドカップが日本単独でなしに共催になった・ならないなんてことでね、日本人自身がいたずらに国家の沽券を考えない方が僕はいいと思う。あんなものはね、言ってみりゃ発展途上国がやりゃあいいことですよ。万博と変わりなくてね。それでサッカーは結構日本で隆盛になってきたけど、いろんな問題もまだあるようですが、僕はあんなものに国はかけるよりもね、まだその、アメリカの妨害で結局ずるずる延びてきている日本自身の情報をね、グローバルに掴むね、偵察衛星に金かけて作ったほうがよっぽど後世のためになると思うしね、なんであんなものにこだわるんだろう?

渡部昇一 私もね、ワールドカップ、日本が一カ国でやるならね、こりゃあ楽しいお祭で、天皇陛下も御出でになって、わーっと盛り上がって結構だと思うんですけど、韓国と分けたんじゃねぇ、別にいいことないんですよね。日本にはあまり。

石原慎太郎 これはもっと不愉快なもの出てきますよ。僕はあの国この頃あんまり好きじゃなくなってきた。友達たくさんいるけどね。どういうのかなぁ?こう、変に感情的になってね、過去の歴史を何かと言うと持ち出してきてね、「お前たちは悪人だ、俺たちは被害者だ」って形で、それで、まぁ、言いたいこといっぱいあるけどね、今度はどっちの国がね、プライオリティを持つか、主導権を持つかね、その例えば決勝戦をどっちでやるかやらないかの決め方だって、必ず不愉快なものが出てきますよ。

渡部昇一 そうですよ。だから私はね、韓国がそんなにやりたいならね、一人でやらしたってよかったと思うんですよ。

石原慎太郎 やらしたらいいじゃないか、本当にもう。南北共同でやらしたらいいんだ。

渡部昇一 で、友好の元になるかもしれないなんてのはね、そう望むのは自由だけどね、今までの経緯からすれば甘いですよねぇ。

石原慎太郎 甘いですなぁ。私はね、日韓関係だけではないにしてもね、特に日韓関係にね、日本人のね、その外交に関する甘さというか幼稚さがね、にじみ出ている気がするんですよ。とにかくね、親切と善意さえあればね、何でも物事はうまくいくとかね、話し合えば必ず友好が成立するとかね、それでその友好が成立しないのはこっちの反省が足りないんだとかね。善意がまだ足りないんだとか。そんな集まりで受け身、パッシブなだけでね、本当に友好なんか成り立ちはしないし、外交なんか推移していくわけないですよ。

渡部昇一 ちょっとした好意とかちょっとした譲歩をすれば「しめた!」って言って乗り込んでくるのがむしろ国際的なルールですからね。隙を見せないのが、私は政治家の義務だと思うんですね。

石原慎太郎 以前ね、間違って総理大臣になっちゃった馬鹿な政治家がね、もっと他の役職をしている時だったのか忘れたけども、日本と韓国で一緒にね、両国の歴史を共同研究するなんて言って、いまだにそれは何かホールディングになっているらしいけど、そんなことできますか?歴史の推移が違うしね。我々はやっぱり幸いにして皆ががんばったから、先祖が頑張ったから植民地にされずに来た国ですよ。それからやっぱり朝鮮半島は非常に残念だけどね、要するにバラバラにされてですね、非常に無残な、日本の支配じゃないですよ、その以前に他民族の支配をたくさん受けた。

渡部昇一 そうです。

石原慎太郎 それからやっぱりアジア中がそうだった。僕はね、その違いってのは決定的だと思うしね、今年の春、東南アジアに幾つか旅行しました時にね、タイ国に行って改めて感じたのはね、香港とか支那とかね、それからそのベトナムとかマレーシア・シンガポール、そういう人たちと違ってタイ国人のね、メンタルというか気質というのはどこか違うのはね、これはやっぱり歴史に対する誇りというかね、他民族に支配されなかったという、その鬱屈したものがないだけに、とっても話が通じやすいところがある。

渡部昇一 それは大きいでしょうね。僕はヨーロッパ人でね、中近東なんか行ってね、トルコは違うというような話を聞いたことがあります。トルコはまぁ随分領土は削られましたけれども独立保ちましたからね。

石原慎太郎 朝鮮半島もね、そういう過去の歴史は気の毒であるけれど、我々もそれに加担した節は無いでもないが、しかしそのもっと大きな歴史の中の流れの一部であってね、ある政治家がね、朝鮮民族自身の責任もあるし、能力の限界もあっただろうと。地政学的条件もあったろうと言うと、それだけで大臣を罷免されるみたいなね(※藤尾正行氏のことか)。

渡部昇一 あれは悪い前例になりましたね。

石原慎太郎 ほんとそうですね。

渡部昇一 あれを言うとね、大臣は罷免できると向こうは思っちゃうわけです。こっちはね、まぁ感情傷つけてね、そんなことやめた方がいいだろうってぐらいの善意だったかもしらんです。ところがね、「そこだー!」って言ってね、もうずうずうしくね、繰り返し繰り返しやっていった方がいいと感ずる民族がね、いるということを忘れちゃいかんのですね。

石原慎太郎 まぁねぇ、その独特のアイデンティティもあるしね、共通したものもあるし、例えば日本人が好きな古賀政男さんのメロディなんて、非常にその朝鮮の歌の影響を受けてたりね、また朝鮮の人たちも韓国の人たちも好んで歌う。そういうその、目に見えないベーシックな共通項があるのにね、そういうものをとにかく飛び越して過去の植民地支配だか持ち出してきてね、うーん、全てつまり「俺たちが言う通り通せ」みたいな、それでしかも片っぽでは、文化の問題は別にして文明的には明らかに、つまり技術ってことは日本が進んでますわな。だけどそういうものを認めたがらない。

私は一番、ある意味ではざまぁみろと思ったのは、非常に馬鹿な買い物をしたわけですよ、韓国は。新幹線はね、フランス◯◯(※聞き取れず)の買ったんだ。日本のものを買ったら、いろんなところから文句つけられるから、日本は損したかもしれないから、むしろあの悪い買い物してね、お気の毒と私達傍目で眺めてりゃすむかもしれないけどね、あんなもの買ったためにね、ソウルから釜山まではね、ひかり並のスピードで走れてもね、こだまのダイアグラムは組めないんですよ。基本的に車内構造が違うから。日本とね、フランスのあれは。

フランスのは自分もね、運輸大臣の時乗りましたがね、非常に原始的に後ろと前でね、大きな機関車で引っ張って押してるの。だから急発車・急停車ができない。脱線しちゃうんですよ。そういうね、原理的なこともわからずに日本のものを買いたくないからって馬鹿な金を使って買うわけだ。

渡部昇一 プライドをかけて日本のものを買わなかった。ありがとうございました、って日本人は言った方がいいんですよね。

石原慎太郎 そういうものを踏まえて見るとね、ワールドカップにこだわりたくないけどね、必ず、つまり日本人はいや~な思いをするな。

渡部昇一 しますね。


動画の放映が1996年であるなら、開催の6年も前から、ワールドカップ共催で日本人は不愉快な目にあうと予想されていたことになる。

また、石原慎太郎氏が「最近」韓国のことが嫌いになり始めたと発言しているのが、驚きだった。90年代の途中から韓国の変質(反日傾向、非論理的傾向?)が感得されるようになったようだ。

それはともかくとして、テレビ東京でまたこのような番組が放映されてほしい。また新世紀歓談のDVDを発売してほしい。

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