ユダヤ人を人種差別問題の裁判官にしてしまっていいのか?

ちょっと前の話だが、BTS(防弾少年団)という韓国人歌手グループが、日本人に対して侮蔑的な振る舞いをしていた問題で、結果として日本人が、ユダヤ系のサイモン・ウィーゼンタール・センターに頼ったことが、良かったのかどうか疑問に思う。

BTSがナチスを礼賛するような振る舞いもしていたのをきっかけに、(日本人からの批判に対してBTS側にこれといった変化がなかったこともあって)日本人がサイモン・ウィーゼンタール・センターにBTSの悪事(?)を報告した。

その結果、サイモン・ウィーゼンタール・センターがBTSを非難し、BTS側は反省の弁を述べた(日本に対しては述べていないようだが)。

あの時、ユダヤ系団体をまるで裁判官であるかのように、人種差別問題に特別な権限を持つ団体であるかのように扱ったことで、日本人は、ユダヤ人の特権階級幻想を強化してしまったのではないだろうか?そしてそれは、一歌手が謝罪したか・しなかったかを超えて、重要な失敗だったのではないか?

ユダヤ系の人たちが、特別であるという認識は幻想であり、彼らに人種問題を裁く特別な権限があるわけではない。もちろん彼らは、日本人や韓国人より偉いわけでもない。同等である。

しかし、一部の日本人はユダヤ系団体を審判であるかのように扱い、利用してしまった。そのことで、ユダヤ系団体を特別視する錯覚を強化してしまった。

このように利用したことで、今後、ユダヤ系団体が何か見解を発するごとに、日本人はそれに従わなければならないかのような誤解を強化してしまったように思えてならない。