ちょっと想像してみてほしい。あなたの側に小さな子どもがいて、その子供がとんでもなく優秀であるとする。その子供はその頭脳を使って、人類の幸福に貢献したいと考えている。「何を研究し、どういう仕事をすれば人類をより幸福にできるのだろうか?」と聞かれた場合、あなたはどうアドバイスするだろうか?
難病を治療する薬の開発に従事させるだろうか?理論物理学を研究させるだろうか?政治家を目指させるだろうか?人類にとって最もよい政治システムを研究させるだろうか?
私の答えはこうだ。「唯物論を科学的に否定すること、死後の世界や輪廻転生を証明すること。これができれば、人類の幸福はきっと増すだろう」
というのも、現代社会に存在する過度の残酷さや、残酷さをもたらすことになる貪欲さは、唯物論・無神論が土台にあるように思うからだ。
唯物論が説くように、世界とは、今、目に見えているものが全てで、現代の物理学が説明できるものが全てであるのであれば、罰されない限り、どんな悪事をしてもいいという事になる。また、そういう考えを導きやすい。
いずれやってくる死までに享楽の限りを尽くし、またその死を引き伸ばすためには、他人を犠牲にしようがなんだろうが何をしてもよい、という考えを産みやすい。
現代日本人が、現代中国人に違和感を抱きやすいのは、中国人が宗教を否定する共産党のもとで教育を受け、無神論・唯物論をベースに諸観念を身に着けているからだ。
だから、ものすごく優秀な人間がいるとして、その人間が人類の幸福のために行うべきなのは、何か新しいテクノロジーの発明ではなく、死後の世界の証明や、輪廻転生の存在の証明なのだ。あるいは脳とは別の意識体(=魂)の存在証明でもよいし、死後も人間の意識体(=幽霊)が存在することの証明でもよい。
唯物論・無神論をベースにした世界で、どんな新規な発明をしても、それは世界の幸福には貢献しないだろう。今まで治せなかった病気を治せる薬が発明されたとしても、発明された瞬間は幸福感を生み出すが、その新薬の存在が当たり前になると幸福感は生じなくなる。
新しい発明は人間の生活における快適さは増加させるだろうが、幸福度は増加させないだろう。
しかし、輪廻転生が、科学者をも納得させるやり方で存在を証明できればどうだろうか?それが学校の教科書に載ったらどうだろうか?
人々の残酷さや冷酷さ、争いにブレーキをかけられるのではないだろうか?
さらにその輪廻転生の目的がある種の学習にあり、人間が精神的に成長するために一幕の舞台のような現世を生きているのだと納得できれば、過度の冷酷さは緩和されるのではないか?
コメント
今後は人工知能がより高度化して実用化されれば、人の心の美しさや誠実さ優しさなどといった現代で軽視されがちな人間の美徳が再評価されると思います。