思考改善ツールとしての輪廻転生

私は死後の世界の存在も輪廻転生もあると確信している。

それらがあるか無いかはさておき、輪廻転生の概念はある種のネガティブな思考習慣を改めるのに有用ではないだろうか?

というのも、

  1. 輪廻転生は地域や性別を超えて起こるから、来世では今と違う国、違う性別に生まれるかもしれない。
  2. 輪廻転生において過去の悪行(カルマ)は未来に影響を及ぼす。
  3. 輪廻転生の存在を傍証する事例が豊富にある。

からである。

例えば中国に生まれて、無神論と愛国心を叩き込まれ、偽の歴史教育によって日本人憎悪を胸にいだきつつ日本に移住してきた男がいたとしよう。日本に居住しながらも心は愛国心(中国愛)に燃え、本心では日本を憎悪して暮らしている。清が列強に侵略された歴史を思い出しては被害者マインドに浸り、今度は中国が世界を制覇する番だと復讐の念に燃えている。そんな男がいたとしよう。

こういう人間にキリスト教的な「汝、隣人を愛せよ」という価値観・行動規範を助言として与えたとしても、それは機能しないだろう。なぜならキリスト教の規範に背いて、死後の裁きにあった人間の例を提示できないので、キリストの教え自体が一つの信念に過ぎないとみなされるからである。キリスト教も一つの信念体系、無神論も一つの信念体系でしょ?と切り替えされてしまう。

しかし輪廻転生は、輪廻転生の存在を傍証する事例が豊富にある。例えば、下記の「前世を記憶する子どもたち」にそういった事例がたくさん載っている(高校生くらいの時に読んだので記憶がおぼろげだが・・)。

輪廻転生の存在があり、また転生後に生まれてくる地域や性別はバラバラであることを知ったなら、先に例を出した愛国心が強い人間も、過度な愛国心や外国人嫌いを緩和できるのではないだろうか?(私も右翼で外国人がそれほど好きではないのだが)。

自分が今、中国人であるとしても、過去生でアメリカ人であったり、インド人であったかもしれないこと。来世でインドに亡命しているチベット人になるかもしれないこと、アフリカのどこかに生まれてくるかもしれないこと、日本に生まれてくるかもしれないこと、などに思いが到れば、今生で過度に母国に執着する意味がそれほど無いと思えるだろう。

また来世では異性に生まれてくるかもしれないこと、障害を持って生まれてくるかもしれないこと、醜い容貌で生まれてくるかもしれないこと、白痴として生まれてくるかもしれないこと、などの可能性を考慮すれば、他者への思いやりも増すのが普通だろう。

生まれ変わりの概念を説く聖賢は、たいてい因果応報の概念をセットで説いている。自分が蒔いた種は自分がいつか自分で刈り取らねばならない。悪行は現世か来世でそのツケを払うことになる。そう考えると、非道徳的な行為を躊躇するのではないだろうか?(※輪廻転生はあっても過去生のカルマが現世に影響することはないとする論者もいる)

中国では驚くような行為が見受けられる。下記の動画では中国の公務員(?)が立ち退きを実行するために、一般人を殺している。臓器を移植して利益を出すために、中国では法輪功学習者やウイグル人などから臓器を摘出している(その数は年間数万と推定されている)。

こういった心無い行いも、輪廻転生の教えを吹き込めば、いくばくかは改善されるのではないか?無神論と過度の愛国心と被害者マインドでいっぱいになった人間を変えられる最も有効な概念は、輪廻転生ではないか?

人権がどうこうとか、民主主義がどうこうという話をしても、彼らの心には響かないだろう。なぜ人権が大事か、民主主義が大事かという説明をしても、それが人の価値観を根底から変えられるとは到底思えない。

しかし輪廻転生は傍証を示すことが可能なので、彼らの功利的なマインドに響く可能性がある。輪廻転生それ自体は宗教ではなく、世界観である宗教ではなく、損得の問題として人の生き方を変えられる可能性がある概念である。

もしも輪廻転生を信じてもらえれば、さらにもう少し変化してもらえるかもしれない。輪廻転生の目的は、人間が学習することにあり、霊性を進化させるためにあるのだという事も受け入れてもらえれば、現世利益追求的な人間も、精神性向上に目を向けるようになるかもしれない。

そういうわけで、ツールとして輪廻転生には大きな可能性がある。

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