犬猫殺処分ゼロを目指すのはおかしい

最近、「犬猫殺処分ゼロ」を目指す政策を掲げる人を見かけるようになった。あの福島みずほ先生も条文化作業に出席していた。

感覚としては、犬猫殺処分ゼロを掲げる人は、左寄りの人に多く「原発ゼロ」などとセットになっている。

しかしわざわざ税金で「犬猫殺処分ゼロ」を目指してどうするのだろうか?ただでさえ貧しくなりつつある日本で、捨て犬や育てきれない赤ちゃん犬猫を税金で飼育するのだろうか?

「犬猫殺処分ゼロ」を目指すという考えの中には、犬や猫にも人権というか、命が尊ばれるべきだという考えがあるのだろうが、これには無理があるだろう。動物はなるべく大事にした方がいいのは当然だが、積極的に特定の動物だけ保護せよというのは変だ。というか、動物と人間を同等とみなすこと自体がおかしい。

人間が動物を虐待する事を法律で禁止し、罰則を設けるのは賛成だ。しかし、さらに進んで、動物の命の保護(維持?)までやりだしたらきりがない。

動物には人権はない。人権はないとしておかないと人間の生活に支障がでる。この前提が崩れると社会の様々な決まりが再修正を迫られることになる。そしてそれは人間に損失をもたらす。

動物の命も人間同様に尊ばれるべきだとしていくと、食肉のための動物殺しもいずれ悪とされるのだろうか?犬や猫を特別扱いした後は、その劣化した人権は、金魚や鳥、カブトムシなどのペットにまで拡張されるのだろうか?森林を開発し、その犠牲になった野鳥や野生の動物はどういう扱いになるのか?

混乱は増すばかりで、収拾がつかなくなる。

この動物擁護運動を仕掛けている人の背後には、文化的マルクス主義者がいるのではないか?彼らは人間以外のものにまで、人権を拡大し、世界を混乱させようとしている。

一般人でこうした政策に同調している人は、ただの同情心が厚い人かもしれないが、国会議員にまでなってこうした政策を進めている人には悪意を感じる。

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