先日、有吉弘行氏のラジオを聞いていたら、片岡鶴太郎氏を「あたおか鶴太郎」(あたまがおかしい鶴太郎?)と揶揄していた。
片岡鶴太郎氏はここ数年、ヨガに凝っていて、夜中の1時に起床し、毎日4時間ヨガをしている。それから二時間かけて朝食を摂っている。そしてその朝食が一日のうちの唯一の食事だ。
ヨガの行と節制された食事から片岡鶴太郎氏はかなり痩せているが、このような生活スタイルや痩せた体型などを見て、有吉氏は頭がおかしいと感じたのだろう。
ちなみに有吉氏は占いについてもインチキであると批判的なスタンスをとっている。
しかし、片岡鶴太郎氏の頭がおかしいかといえば、そんなことはなく、むしろ王道的な人生を歩んでいると言える。
ヒンドゥー教には、人生を下記のような順で過ごすのが理想だとする考えがある。(参照元:wikipedia)
- 学生期(梵行期、ブラフマチャリヤ、brahmacarya) – 師のもとでヴェーダを学ぶ時期
- 家住期(ガールハスティヤ、gārhasthya) – 家庭にあって子をもうけ一家の祭式を主宰する時期
- 林住期(ヴァーナプラスタ、vānaprastha) – 森林に隠棲して修行する時期
- 遊行期(サンニヤーサ、saṃnyāsa) – 一定の住所をもたず乞食遊行する時期
学生として家を出て、師について学ぶ時期。家庭をもうけて一家の長として活躍する時期。その後は、隠棲して修行、乞食遊行する時期となっていて、精神性を高めるために時間を使う事が人生後半の主要なテーマとなっている。
そういう意味では、片岡鶴太郎氏が57歳でヨガに出会い、内面探究に時間を費やすようになっったのは「奇人」の振る舞いではなく、王道的な生き方だ。
緩和ケアの医師がこれから死にゆく人にとったアンケートでは、死に臨んで後悔していることのランキングに、「生と死の問題を乗り越えられなかったこと」「神仏の教えを知らなかったこと」が入っていた。こうした人達から見れば、壮年期から内面修養に打ち込んでいる片岡氏の生き方は羨ましいものと映るだろう。
参考記事:25万部を超える大ベストセラー。1000人の死を見届けた医師が聴いた最後の後悔とは――。待望の文庫化!
片岡鶴太郎氏の著書「心の中に『静』をもつ」によれば、瞑想に興味を持っていた片岡氏は、俳優の秋野太作氏からヨガ講師のヴェーダプラカーシャ・トウドウ氏を紹介されたそうだ。
トウドウ氏から習って、片岡氏はヨガを始めたが、苦行として一日4時間のヨガ(瞑想含む)をしているわけではなく、身心ともに気持ちの良いものとしてヨガを継続しているそうだ。
片岡氏の著作を流し読みしたが、狂信的なところはなく、健全な考えの持ち主だと感じた。
また一日4時間のヨガも本気でスピリチュアル方面での成長を目指す人からすれば、それほど長い時間ではない。「あるヨギの自叙伝」という、ヨガをアメリカに広めたインド人の自伝には、会社員をしながら、一日8時間の瞑想をするインド人が登場したりする。
片岡氏はまだ60代半ばなので、今の健康っぷりがそう目立つものではないが、ヨガを継続していって、70代、80代になった時には、世間からその健康っぷりが驚きの目で見られるようになると思う。著作で紹介されている食事の内容もかなり健康的であった。
以前、ヨガウェアはもっと貞淑であるべきだという記事を書いたが、現代のヨガはスポーツの延長、ストレッチの仲間のように見られている面があって、精神性が抜け落ちている場合があるので、片岡鶴太郎氏の行っているヨガのように、精神性と密接に関連した行為としてのヨガがもっと注目されるとよいと思う。