ピーター・ナヴァロの「米中もし戦わば」は、近年の中国の軍事能力の伸びを明らかにし読者にショックを与えた書籍だと思われるが、この記事で紹介する書籍は、中国の覇権的な精神はここ数年培われたものではなく、毛沢東時代から連綿と受け継がれてきたものであることを暴くものだ。
著者のマイケル・ピルズベリー氏は、ニクソンが米中国交回復を果たした時から政権周辺あるいは内部で中国の専門家として政策立案に携わってきた。中国語の読み書きもできる。1970年代から中国人と接していながら、中国の本当の顔に気づいたのは2010年くらいだとこの本で筆者は打ち明けている。それまで、著者は中国の発する言葉を信じ、中国を善意に解釈し、図らずも中国の国力増加に貢献してきた。
私達は、日本の政治家や企業が中国の甘言にのって、技術や資金、機密情報を供与してしまった過去を平和ボケゆえの特殊な失態だと考えるかもしれないが、米国人も、中国を「発展途上の弱くて庇護が必要な国」だと考えて、相手の企図に気づかぬままお人好しな支援を続けてきたことをこの本で知らされる。
中国は列強に支配された過去を屈辱と感じ、その借りを返すために、自国が世界の頂点に立つという目標を毛沢東政権時代に既にたてていた。それを達成するには長い時間がかかるし、そういった野心を他国に察知されると余計な警戒を招き、他国からの協力を得られなくなるので、歴代の政治家はその野心を隠してきた。また、毛沢東時代には、大躍進政策などの非科学的な手段を講じたせいもあって国力はそれほど伸びなかった。
中国の国力が低かったせいもあり、当時の中国が覇権を狙う発言をしたとしても、誇大妄想の類だと西側諸国にとらえられていた。しかし、実際に中国と接触のあったソ連の人間は中国の本質を当時から見抜いていた。1969年、ソ連人の同僚は著者に
「ソ連の指導者は、中国が共産圏の支配、ひいては世界支配を目論んでいると考え、中国人を憎み恐れている」
と語った。別のソ連人の同僚は、
「中国に脇役に甘んじるつもりはない。彼らには彼らのシナリオがあり、世界という舞台の主役を射止めるためなら何でもする覚悟だ。アメリカが中国の誘いに乗れば、予想もしない結果を招くだろう」「中国の歴史が語るのは、中国人は自国を世界最強の国にしようとするが、チャンスが訪れるまでその野望を隠すということだ」
と警告した。
このような警告は、当時真摯に受け止められず、米中は国交を回復した。米国は、中国が経済的に発展すれば、民主的で資本主義的な国になると信じて様々な支援を行った。
先進国の支援を受け知識を供与され、中国は発展してきたが自己と敵(米国)の実力に差があることから野心はひた隠しにしてきた。
しかし、近年、中国は以前より野心の存在を明らかにするようになった。たとえば、習近平は主席になった際に「強中国夢」というテーマを掲げ、野心をほのめかした。この目標の達成は、2049年に置かれているが、このアイディアは、2010年に中国でベストセラーになった「中国の夢」という書籍に影響されているようだ。著者は人民解放軍の軍人で、どうすれば中国がアメリカに追いつけるかを「中国の夢」に詳述している。1949年からスタートして、2049年に実現予定のこの野望は、書籍内で「100年マラソン」と表現されている。
著者は、100年マラソンに近い概念が、中国政権に連綿と受け継がれてきたと推測している。
なぜ近年の中国要人は野心を以前より顕わにするようになったかといえば、中国が自国と米国を評価して、自国が充分に力をつけてきたと認識し始めたからだ。尖閣や南シナ海における侵略的な行動もそういった認識の変化に裏付けられている(オバマの弱腰を見切っていたというのもある)。
中国共産党がなぜ世界支配を目指すのか、米国等を目の敵にするのかは、列強に侵略された過去の歴史の他に、彼らの米国観に原因がある。彼らは米国が、自分たちと同様に覇権を目指す狡猾で邪悪な存在だと本気で思いこんでいる。自分たちの姿を米国に投影しているのだ。ユーゴスラビアの中国大使館がかつて米軍に誤爆された際の中国首脳陣の議事録が流出しているが、その時のメンバーの誰もが誤爆だとは考えていなかった。やられる前にやらなければならない、世界支配を達成するまではあらゆる手段、犠牲が正当化されると中国共産党は考えている。
中国が世界支配を目指すための「あらゆる手段」には情報操作も含まれる。外国が中国をどのように見るかをコントロールし(善良で弱い存在だと思わせる)、各国の親中派の議員に資金援助をし、海外の親中的な人物を支援している。世界中に孔子学院を設立し、自国に都合のいい中国観を外国人に広めている。中国国内の都合の悪いニュースを報道した外国人記者は海外追放し、プレッシャーをかける。ハッキング、情報窃取も国家ぐるみで行われている。
本書では、このような邪悪な存在である中国に対して、お人好しなパートナーであり続けた米国内部の様子が、苦い後悔と共に克明に描かれている。さらに、中国を援助し続けた米国は、中国国内において危険な覇権国で悪魔のような存在だと歴史の授業で印象づけられ、ニュース報道されている。米国の文化や政治制度への憧れが国を弱くすると危惧しているからだ。
また、中国の独特な経済モデル(社会的市場経済)がどのような人たちの助けを借りて成功したのかも、この本に書かれている。1980年代に世界銀行のチームが、非公式に中国に提言をし、中国は基本的にそれに基づいて経済を伸ばしてきた。提言の内容は下記の通りだった。
- 輸出の構成を変え、ハイテク製品に力を入れること
- 外国から過剰な借金をしないこと
- 外国直接投資は、先進的技術と近代的経営手法だけに限ること
- 海外からの投資や合弁企業の設立を広域に広げること
- 貿易会社を段階的に減らし、国有企業が独自に外国と貿易するようにすること
- 国会経済の長期的枠組みを構築すること
このように、中国には80年代から確固とした経済成長プランがあったが、中国は経済の実力を実際より弱くみせかけるため、いきあたりばったりな経済運営をしているかのように外部には発表していた。ソ連崩壊後に、ロシアのように国有企業を民営化するかどうか議論がおきたが、中国は、政府がコントロールできる企業をたくさん作って、技術の盗用、偽造、情報収集を進めてアメリカの打倒を図る道を選んだ。中国の経済成長は、国有企業に政府が徹底的に便宜を図り、独占的な地位を得させることで、高収益を上げさせるというものだと思う。中国では、農業以外のGDPの40%を国有企業またはそれに関連する企業が占めている。
WTOに加盟するため、中国は国有企業の民営化を進め規制緩和を進めていくかのように言い繕っていたが、実際には最初からそうする気はなかった。WTO加盟成功によって中国の経済はいっそうの発展を遂げたが、WTO加盟国に課せられる義務は守っていない(なのでいっそう収益が上がる)。中国の経済規模は近い将来米国を上回ると見込まれている。2050年には米国のGDPの3倍に達するという試算もある。
このまま中国が力をつけていくとどうなるか、筆者は予想している。
世界においては、アメリカの価値観(個人の権利を尊重する民主主義社会)が中国の価値観(国家は個人に奉仕させられ、権利は認められない)に駆逐される。そのような価値観が広まると、情報管理が広まり、自由な報道が制限されていく。独裁制が幅を利かし、民主主義国の勢力が弱まる(中国は多数の独裁主義国家を支援している。タリバンやアルカイダ、サダム・フセイン政権にも支援をした)。中国は、経済発展のために環境汚染を省みないため、環境汚染が世界に広まっていく。国連や世界貿易機関などの西側諸国の価値観を保持している組織が弱体化する。中国は自国の味方(アメリカの敵)に武器を輸出しているので、兵器が世界中に拡散する。
このままでは危ない。では米国や西側諸国はどうするべきか?が書籍の終盤に書かれている。
中国の真の姿、私たちが直面している危機を私たちは正確に理解しなければならない。手をつけるのが遅れれば遅れるほど危機に対処するのが困難になっていく。日本は周辺各国と協調を図りつつ、早期に憲法を改正して軍備をより充実させていくべきだ。また各種スパイ活動を制限できるように法整備すべきだ。
関連リンク:マイケル・ピルズリーインタビュー(プレジデントオンライン)
関連リンク:マイケル・ピルズベリー『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(書評)
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