四-5.ユダヤ民族の改宗同化主義の瀰漫

ゲットから解放されたユダヤ人は、非常に喜んだと同時に、中には他の民族と同化し、あるいはユダヤ教を離脱し、自ずからユダヤ人たることを忘れ、またはユダヤ人と認められざることをもって誇りとし、これにより自己の社会的の地位を向上し、自己の幸福を計ろうとするユダヤ人さえ続出するに到った。中には「ユダヤ人は民族にあらず」と宣言するユダヤ人さえも出現し始めた。この思想は西方ヨーロッパを風靡し、さらにアメリカユダヤ人にも波及した。

しかしながら、この新ユダヤ人の改宗同化思想は、間もなく大なる動揺をきたした。すなわちたとえユダヤ人がフランス風を装い、フランス語を話し、その上キリスト教に改宗しても、ユダヤ人の鼻の型や、血液までも変えることはできなかった。結局周囲の国民は、ユダヤ人を本来のフランス人と同様には認めなかった。そこで彼らは紙の上で貰った同権のごときは、なんら役立つものではないということに、気がつきはじめた。すなわち彼らユダヤ人が各国政府から与えられた権利を実際化し、かつこれを維持するために、然るべき方法を講じなくてはならないと痛感した。その結果現れたのが「全世界イスラエル同盟」である。ユダヤ百科辞典には、この同盟の目的として、次の言葉が掲げてある。

「もしジューなる名前が社会の攻撃を受くるがごとき場合は、これが名誉を擁護し、吾人の欲する凡百の手段をもって、重要な工芸を奨励し、要すれば社会の無知および民衆圧迫によって生ずる罪悪に挑戦し、吾人の信仰力とあらゆる道徳的威力とをもって、今なお異法の重荷の下に呻吟しつつあるユダヤ民族の解放に精進し、吾人同盟の理知および道徳的革新により、完全なる公民権の確立を促進せんとす。これすなわち全世界イスラエル同盟が今後精進せんとする目的である」

これによって一般ユダヤ人の民族的意識が復興し始めた、この全世界イスラエル同盟は、今パリにその本部を置き、ユダヤ人の活動に大なるエネルギーを与えつつある。続いてモーゼス・ヘスというユダヤ人は、「ローマとエルサレム」と題する書を著し、同化主義のユダヤ人に対して宣戦を布告し、「同化主義のユダヤ人はユダヤ民族の敵なり」と痛罵し、さらにまた1896年ハンガリーユダヤ人のヘルツル博士は「ユダヤ国」という檄文をしたため、全世界のユダヤ人に、ユダヤ民族に帰ることを慫慂した。次いでその翌年8月29日には、ヘルツル博士は全世界のユダヤ人代表をブラーグに招集し、第一次シオン会議を開いた。シオンとはユダヤ人の故郷パレスチナの別名である。

ヘルツル博士の思想は、

「ユダヤは一国民なり、一国民である以上一国を持たねばならぬ」

と言うのであった。この思想は、ユダヤ王国滅亡このかた、彼らの胸中に等しく流れていた思想であったが、フランス大革命以来、ややもすれば消滅せんとしたのを、彼は新たにユダヤ人の胸裏にこれを呼び起こしたのである。

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