六-1.ユダヤ民族はなぜ革命家なるか

このことは前に一通り述べたが、西暦135年ローマ政府の最後の弾圧により、故国を追われたユダヤ人は、三々五々諸方に流散し、附近の国々に各々ユダヤ人の集団部落を作ることになった。

ここにおいてユダヤの有識者は、かくも我々が徹底的に外来者に追放せられては、最早再びパレスティナの聖地に復帰することは、不可能であると諦め、ここにおいて彼らはユダヤ民族を永遠に存在せしめるため、精神王国を建設した。すなわちユダヤ人の大聖典タルムードを作ったのである。

しかしながら一般のユダヤ民衆は、単にこの精神王国の創設により、尊崇措かざる所のエホバを祭るエルサレムの聖殿を、どうして見捨てることができよう、またその懐かしい故郷を諦めることはできよう、その結果ユダヤ民族に対する仇敵、パレスティナの征服者たるローマ政権を覆滅して、昔のユダヤ王国を復興せねばやまなかった。

これがためユダヤ民衆に必要なものは、まず第一に征服者に対する革命であった。すなわち各地のユダヤ集団部落およびその有力者は、ユダヤ民族復興のため、一般民衆に対して、自由独立の思想と革命思想とを極力鼓吹し、祖国開放に対する熱望を喚起することに努力した。この事については、有名なユダヤ人の学者エス・ベルンスタイン博士の書いた「シオニズム」なる書の冒頭に、明瞭に掲げてある。これによって見るも、ユダヤ民族の革命思想なるものは、いかに古くから胚胎し、いかにして生じたかということが、明らかに知りうるのである。

実際今から二千年前にユダヤ民族は、上っ調子や、世界の大勢で革命思想にかぶれたとか、共鳴したとかいうのではなく、その環境上から切実に革命の必要を感じ、革命なるものを、おのれの征服者に対する復讐の手段として、また自己民族の生存のため、優者に対する唯一の武器として、真剣に研究しきたったのである。実際において、過去現在ともに欧米の革命思想の保持者ならびに実行者として、有名なる多くのユダヤ人を排出している。

このことについては、後に詳述する考えであるが、ロシア革命におけるレーニン、トロッキー、ヨツフェ、ジュノウイーエフ等無数のユダヤ人、次にドイツ革命におけるリーブクネヒト、ハンガリー、スペイン革命におけるベラ・クン、アイルランド革命におけるド・ヴァレラおよびロバート・ブリスコ、青年トルコ党の革命におけるジャウイツト・バシャ等、多数のユダヤ人がある。なお学者、思想家において有名なるハイネを初めとしカール・マルクス、ラサール等多数のユダヤ人を見るが、これらは前に述べたユダヤ民族の歴史的環境的並びに伝統のしからしむるところである。

日本の一部の学者の中には、ユダヤ人が革命家であることや、ロシア、ドイツの革命がユダヤ人によってなされたと言えば、ユダヤ人は平和の民である、革命などという大それた罪悪を犯す民族ではない、それはユダヤ民族を誣うるために言うのである、などとユダヤ民族に頼まれもせぬ弁明をする人もあるが、これこそ研究不足の無責任の言辞であると思う。

ユダヤ人は我々日本人とその歴史ならびに伝統より、その根本思想が全然異なっている所から、革命なるものに対する観念も、また日本人と根本的に異なっている。私が海外において逢った限りのユダヤ人は、例えばロシア革命におけるユダヤ人の活動並びにその成功を、同族の誇りとして物語っている。日本人が自国に対して革命を起こすことは、罪悪であると考える点から推測して、ユダヤ人もまた革命を為すのは罪悪の如く考えているのではないかと思うのは、既に大なる誤りである。

前にも申し述べた通り、ユダヤ人の革命思想は、彼らの宿命であり、その成功は彼らの誇りである。すなわちユダヤ民族の国家滅亡以来、革命思想とユダヤ人とは、不離不即のものであると言って差し支えない。革命あるところユダヤ人あり、ユダヤ人あるところ必ず革命がある。欧州のいかなる革命も、ユダヤ人の参加なくして成功したるものなし、と言わるるのは当然のことである。

我々はユダヤ人の革命思想の根源を知り、またユダヤ民族と正反対の国家および国民である立場において、却ってユダヤの革命思想にかぶれ、自国に革命をなさんとする者ありとすれば、その考えがいかに浅薄であって、いかに大馬鹿者であるかを、看取することが出来るであろう。

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