六-2.マルクスとユダヤ思想の根底

読者はまず次の一文を熟読されたい。

「救世主は団結せるユダヤ人それ自身である、宇宙の支配は、他人種の統一と、各個独立主義の城壁たる国境および君主国の廃止と、ユダヤ人に対し随所に市民権を認むる世界共和国の建設によって得らるるであろう。

全然同一種族でかつ全く同一の伝統的陶冶を受けているイスラエルの子孫、しかも特殊国家を形成していないイスラエルの子孫は、爾後地表の全表面に広がり、この新しい人類社会の組織のうちに、到るところ何らの抵抗なく指導原子となるであろう。ことに彼らの中のある学者の堅実なる指導を、労働大衆に課するに至ったならば尚更のことである。

世界共和国を建設したならば、国家の統治権は無産者の勝利によって、何らの努力を要せずしてイスラエル人の手に移る。

ここにおいて私有権は、到るところ公共財産を管理するユダヤ人種の支配によって、廃止せらるるに至るべく、かくて救世主時代の到来せる時、ユダヤ人は全世界の人民の財産をその鍵の下に掌握すべしという、ユダヤ伝統の約束は実現せらるるものと信ずるのである」

右はユダヤ人バリユーフ・レヴィが、その友カール・マルクスに宛てたる書簡の一節である。本書簡中に含むと同様の思想が、エドモン、アンドレー、スビール等の、現代のユダヤ著述家によって発表されているのである。

なお該書簡は、1888年ベルリンにおいて発表論議され、また仏国において1919年まで度々論題となり、その都度愛国者の大憤激を買ったものである。

この書簡のことは暫く措いて、これに関係ある有名なカール・マルクスについて一言する。

カール・マルクスは1814年5月5日にドイツの古い都市トレーヴに生まれた、祖父は、ライン河畔コローニュのユダヤ教法師で、その父はやはりユダヤ教職にあったが、教職をその兄弟に委ね、自分は商業を営んで相当の財産を作り上げた。当時プロシヤ政府ではユダヤ教徒から品物を買い上げなかったので、彼はその権利を得るために、表面上新教に改宗したが、家庭ではユダヤ教を棄てることなく、依然これを信奉しておった。したがって若きカール・マルクスの少年時代は、ユダヤ民族の伝統的物語によって育まれたのである。すなわち

神は世界をユダヤ人に与えぬ

救世主の来たりまさん日

永遠に彼らは世界を支配せん

独りユダヤ人のみこの権利を保有す

救世主の来たりまさん日

キリスト教徒より奪いし山と積まるる富と

金庫の鍵を運ばんがため

二百頭の騾馬を要せん・・

この教義によって、若きイスラエル人マルクスは、特に民族の勝利ということと共に、利己的な物質的の遠大な搾取観念(自ら資本家の搾取を攻撃しつつ)を抱懐するようになったことは当然である。

マルクスは成長するに及び、まずボン大学で法律を学び、次いでベルリン大学に哲学を修めた。当時ベルリンでは、ヘーゲルの学説が覇を称えておった時代で、彼はその影響を強く受けたのである。これについてサリユーストはいっている。

「ヘーゲルの汎神論は、カール・マルクスのヘブライ自然神教観念を一掃し、彼の胸奥に残されたものは、ユダヤ人たるの誇りと、今ひとつは至高な思想は全世界を支配するに至るべく、しかも全世界を支配して無数に発展せしむるものは、すなわちユダヤ民族の至高な思想である、というこの二つの確信にほかならかった、云々」と、

また同じくユダヤ教徒たるベルナール・ラサールは、マルクスを目して、

「頭脳明晰で鋭敏なユダヤ教徒として、その祖先のあらゆる論理的才能を継承し、社会学を究めかつ経済学の批判に、解釋者たる天賦の資質を適用したところのマルクスは、純真なるユダヤ教法師の子孫である」

と敬意を表している。

またマルクスの伝記を見ると、彼の父と同様に彼もドイツの圧迫の結果、余儀なくキリスト教徒に改宗したことは少年たりし彼の精神に、非常なる憤激を与え、彼の成長するに及んで、「ユダヤ人問題」なる書を著して、プロシヤ政府の暴政を攻撃した。マルクスの復讐心は一生を通じてほとんど燃えていたと。またマルクスはつねに同族のことを忘れたことなく、一生を挙げてユダヤ民族のために尽くしたといわれている。

今我々は、先に掲げたバリユーフ・レヴィのマルクス宛の書簡を読み、更にマルクスのユダヤ人としての生い立ち、そのユダヤ的伝統ならびにその環境を検討した頭で、1862年ロンドンに開催せられた工業博覧会に、諸国から集まった技術労働者に対し、たまたま勃発した露国軍隊の暴動に関する抗議大会の席上、燃ゆるがごとき熱弁の後、「万国の労働者団結せよ」と絶叫して、第一インターナショナルを即座に組織したカール・マルクスの心底を見たならば、彼の理論彼の主義主張がいかなる心底から流れいでたものであるかを窺知することは決して困難でないと信ずる。

マルクス等ユダヤ学者の説く所は、ユダヤ人としては、自己の立場からこれを最善と信じ、最高の民族的使命と感じたにせよ、結局我々日本人と全然伝統と立場とを異にせるユダヤ人としての理想、ユダヤ人としての希望で、その運動はこのユダヤ人の目的、すなわち全世界の人民の財産の鍵を握るための、手段にほかならないことを看取しえよう、今の露国の共産主義の第三インターナショナルも、この第一インターナショナルから生まれ出たものであるが、日本は現在これらの赤思想に侵略せられて、労働階級は申すに及ばず教育界は大学より小学校に及び、ついに神聖なるべき裁判所内部までも食い入り、思想国難を招来している。

しかも相当以上の博士学者が、ユダヤ学者の説く理論の端にのみつかまりて、単にその利害を論じ、青年はこれを噛じることをもって、進歩と心得新しいと嬉しがっている中に、形態は日本人で心はユダヤ人の出来損ないになって国家を毒し、甚だしきは不逞の行動を敢えてしている。実に驚くべきである。

私はこれを見ていつもそう思うのであるが、日本の識者は、マルクスやラサールの学説理論を言及する前に、なにゆえ進んでユダヤ人を研究しないのか不思議に思うのである。ユダヤを研究することは、道楽や物好きでない、以上の思想的意味からだけでも緊急問題である。私はこの意味において、軍人会が非才の私に対し、ユダヤ問題の執筆を依頼せられたことについて、敬意を表すると共に、その責務の重大さを感じつつ、寸暇を利用して今筆を走らせているのである。

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