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ぎゃんぶらぁ事故中心派

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田舎の自転車免許の思い出

      2017/02/18

息子はもうすぐ小学生になる。これまで外出する際は自転車の補助席に乗せていたが、だいぶ重くなってきたので、息子の自転車を新たに買って、息子には自分で自転車を運転してもらおうと考えている。

まず自転車に乗る方法を教えなければならないが、これは何とかなるとして、教えるのが億劫に思えるのが交通ルールだったり自転車に乗る際に注意しなければならない諸事だ。

歩道を自転車で移動するときは歩行者の邪魔にならないようにすること、左側をなるべく走ること、車線変更するときは後ろを確認すること・・。

これらの諸事を、普段意識せずに行っているため、それを意識化して息子に教え込むのが大変に思える。

私は親に自転車の運転の仕方を習ったが、運転する際に注意すべき交通ルール等は学校で教わった。

グラウンドにチョークで白線を引いて、道路や横断歩道、交差点、信号などを描き、教師が交通ルールを教えてくれた。教師だけでなく、警察官も教えに来ていたかもしれない。架空の交差点、横断歩道、歩道の上を自転車で走り、実戦に出ても事故に合わないように練習を積むのである。

かといって自転車の乗り方を習った生徒が、全て自転車に乗れるわけではなかった。きちんと知識と技術を習得しているかテストされ「自転車免許試験」に受かった後、ようやく学校から自転車の運転を許可されたのだった。しかも免許は三種類あり、黄色免許(歩道のみ)、青色免許(歩道のない車道も可)という風に免許の種類によって乗れる場所が異なっていた。毎年、自転車の授業を受け、テストに合格し、免許をステップアップしていくことで、ようやく全長3キロほどの小さな集落を自転車で自由に移動できるようになるのである。

私たちに課されていた義務であり庇護にもなるものはそれだけではなかった。私たちは自転車に乗る際はヘルメットの着用を義務付けられ、手信号をしなければならなかった。

これほどの労力をかけて自転車の乗り方を習得したのであるから、私が一人で息子に自転車の乗り方を教えるのが途方もない事のように思える。

厳格で保守的な自転車の運転ルールを子供に課していたその町には、横断歩道も信号もなかったのだが。

過疎の町

 

 - 思い出話

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Comment

  1. 大旦那 より:

    中期経営計画まとめ1000-3999番台に、アウトソーシング(2427)を加えては?

  2. nextir35 より:

    大旦那さま
    了解です。アウトソーシング、その他の意欲的な中計をたてている人材会社を追加しておきます。

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