吉田清治の長男は公安の協力者だった

韓国・慰安婦問題等について虚偽の発言を行い、ありもしない問題を作り上げた吉田清治氏だが、氏の長男は責任感の強い真面目な人のようで、吉田清治氏が韓国に建てた謝罪碑の撤去を希望していた。

しかし、実際に撤去するのは難しいということで、奥茂治氏の協力で文面を慰霊碑に書き換えた石を謝罪碑の表面に貼り付け、けじめをつけた。

この一連の出来事と今まで知られていなかった吉田清治氏の人生、慰安婦騒動の進展を大高未貴氏が「父の謝罪碑を撤去します」という本にまとめ上げて出版した。

この本を読むと、まず吉田清治氏長男のまじめな人柄や苦労の多かった人生、父親が犯した虚偽を訂正したいという強い思いが伝わってくる。が、慰安婦問題は吉田清治氏の長男が何を言っても、朝日新聞が記事を取り消しても、日韓が不可逆的な合意をとりつけても終わりそうになく、やりきれない感情がわいてくる。

慰安婦問題の裏には、日本から補償金を受け取りたい北朝鮮の勢力が存在している。韓国の慰安婦問題活動家、朝日新聞、旧社会党が北朝鮮勢力の手足となって動き、彼らの企みは成功した。

日本の国益を大幅に損なうことになった吉田清治氏だが、おもしろいことに吉田清治氏の息子二人は一時期公安の協力者として働き日本国に貢献していた。二人は、費用がかからないからという理由でソ連の大学に進学し、ロシア語を習得していた。それに公安が目をつけ、協力者になってもらい、海運会社に就職させ、ソ連関連の情報を公安に流させていた。

吉田清治氏は、プライドが高く、虚言癖があり、就職をしても長続きしないタイプで、承認欲求が強いために強制徴用や慰安婦について嘘を書いて本を出版した結果、朝鮮勢力にがんじがらめにされてしまった(吉田氏と当時話をした公安警察官によると、吉田氏には常に朝鮮人の組織(KCIA?)の人間が2-3人つき、自由に行動できなくなっていたそうだ。韓国に謝罪行脚に行く吉田氏を見て「最後は可哀そうになってきた。このあとKCIAに殺されなきゃいいな、とも思いました」と語っている)。

その一方で長男の方は、平日だけでなく土日もまじめに働き、父母や病気の弟を養い結婚もしなかった。他の家族が逝去した今、ようやく自分の時間を持てるようになっている。この両者のアンバランスさもなんだか悲しい。たちの悪い冗談のようでもある。

本は長男の次の言葉で締めくくられている。

「私はこの謝罪碑の問題が解決すればそれで心配事がなくなります。今回のことが終われば、私のことは読者の皆さんは忘れてくれる。これで忘れてほしいのです」

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