「霊性=ビリヤードの穴」理論

宗教関連、スピリチュアル関連の本には、「生まれてきたのに何もしない事はよくない」とよく書かれている。

なにか悪さをするくらいなら、誰も傷つけずに引きこもっている方がいいのではないかと思わなくもないが、そうではないようだ。

無気力や恥辱の感情に苛まれて、何もせずにじっとしているよりは、たとえ間違えていても何かしたほうがよい。そのように書いている本が多い。

これは恐らく、私達の魂はビリヤードの球のようなもので、霊性はビリーヤード台の穴のようなものだからではないか?

とにかくメチャクチャな方向にでもいいから、強く球を突いてくれれば、いつかは壁に跳ね返って、霊性という穴に我々はたどり着くのである。

様々な行動とその結果を経験することで、人は精神性の探究への扉を開くのである。

しかし、人生において何もしない、ビリヤードに例えると、球がほとんど動かないのでは、霊性という穴に偶然にしてもたどりつくことがないのである。

デヴィッド・R・ホーキンズは意識のマップというのを作成して、意識がどのように変化(進化)していくかを示した。(「パワーか、フォースか」372頁より)

人生の視点 レベル ログ 感情
is(存在そのもの) 悟り 700-1000 表現不可能
完全 平和 600 至福
完成 喜び 540 静穏
恩恵 500 崇敬
有意義 理性 400 理解
調和 受容 350 許し
希望 意欲 310 楽天的
満足 中立 250 信頼
実行可能 勇気 200 肯定
要求 プライド 175 嘲笑
敵対 怒り 150 憎しみ
失望 欲望 125 切望
怯える 恐怖 100 不安
悲劇 深い悲しみ 75 後悔
絶望 無気力 50 絶望
罪悪感 30 非難
悲惨 20 屈辱

この表においても、人間を活動不能にさせるような感情(恥、罪悪感、無気力、深い悲しみ)は、欲望や怒りのような「間違い」をしでかしそうな感情よりも低い点数がつけられている。

否定的な感情にとらわれて、ひきこもったり、何もしないでいるよりは、がんばって外に出て、何か行動をしたほうがいいようである。

といっても、何もしないでいる人に対して、「今すぐ部屋を飛び出して、無差別殺人でもなんでもいいからやってこい」とは言えない。常識的に考えて、自分が正しいと思うことをやって来いという感じだろうか。