大収奪(The great taking)の翻訳、第2章「非物質化」

2章 非物質化

現在、帳簿記載方式で保有されている有価証券に対する所有権は、世界的に見て、いかなる地域にも存在しない。全ての担保を没収するという巨大な計画を実行するに当たって、有価証券を非物質化しておくことは欠かせない工程だった。この計画と実行は半世紀以上前に始まった。有価証券の非物質化が大きな戦略的な目的に沿うものなのは、この任務がCIAに割り当てられていたことからもわかる。

任務のリーダーはウィリアム・(ビル)・デンツァージュニアで、彼はCIAの高級諜報員だった。(彼の経歴についての前半部分は省略)

彼は回想録の中で次のように書いている。

キング牧師やケネディ大統領の暗殺を含む1960年代後半のアメリカの出来事を鑑みて、私の興味は海外から国内の事象に移った。

彼の経歴には銀行や財務と関わりがなかったにも関わらず、彼はネルソン・ロックフェラーにニューヨーク州の銀行監督者に任命された。

デンツァーは、NY州の銀行監督者に任命されて2年も経たないうちに、新規設立された預金信託会社(Depository Trust Corp、以下DTCと表記)の会長兼CEOに任命された。彼はこの職にその後22年間在籍し、有価証券の非物質化を推進した。

1960年代後半、銀行・証券業界委員会(BASIC)が事務処理の繁忙を解決するために設立された。物理的な証券の処理業務が突然大変になり、NY証券取引所が数日間業務を停止するほどだった。国会議員が政府にこの事態に介入するように働きかけた。BASICは、物理的な有価証券をやめて、コンピューターの中に帳簿記載方式で保管する方式への変更を推奨する報告書を出した。この有価証券データを保持する信託会社は、コンピューターやシステムを開発する必要があった。私は40年前に学校を卒業した最初の仕事で、偶然このDTCのネットワークエンジニアに会ったことがある。

この事務処理の繁忙は、証券の非物質化を進めるためにでっちあげられたのだろうか?というのもDTCの運営は1973年まで始まらなかったし、非物質化が達成されるまでに何年もかかったのだ。その間、取引量は増大したが、証券業務は普通に継続していた。

DTC は最終的に、Central Securities Depository (CSD) と Central Clearing Counterparty (CCP) のモデルとなった。その目的については後述する。